2009年10月6日(火) <第2293号>
− Aとのコミュニケーションをデザインする −
12.不安はあるが暗くはない家族
A(娘)(1)
「ねえ、お父さん。ちょっと訊いていい」
F(父親)(1)
「いいよ。なんだい」
A(2)
「わたしね。大学に行かずに、手に職をつけようと思うの。いけないかな」
(皿を洗っていたM(母親)は蛇口を閉め、水を止めた。緊張が走り、空気が固まった)
M(母親)(1)
「何と言ったの。理恵?」
A(3)
「もう一度言うよ。大学受験をやめて、手に職をつけたいの」
F(2)
「手に職と簡単に言うけど、いったい何をするともりだ」
A(4)
「美容師になろうかな、と思っているの。友達と話しててね、 大学に行って何をやるのだろうってことになって・・・・・・。 わたし、小学生のときに美容師さんになってお母さんの髪をきれいにするって文集に書いたことがあるから・・・・・」
M(2)
「お母さんはあなたの髪をきれいにしてもらわなくてもいいよの。ちゃんと勉強して大学に行ってよ。いまどき大学を出ていなければどうにもならないわよ」
(Mは怒りを露わにした)
A(5)
「みんなが大学に行くから、という考えに賛成出来ないの」
F(3)
「理恵は美容師になりたかったのか・・・・・・」
M(3)
「あなた・・・・・・。変に同意しないでよ」
(MはFに釘をさした)
F(4)
「同意したわけじゃないさ。だけどこうして理恵が自分の道を自分で探し始めるとは嬉しいじゃないか。そういう年齢になったんだ」
A(6)
「お父さんのような大きな会社に勤めても、なかなか大変だなと思ったの。それにお父さんの友だちの村岡さんって、左遷されて死んじゃったでしょ。会社に勤めるより自分で技術を身につけた方がいいかなと思ったんだ」
F(5)
「確かに理恵がいうように会社に勤めるのは大変さ。でも喜びも多い。それに理恵が社会に出る頃は、今よりもっともっと女の人が活躍しているよ。そういう意味では人生に夢を膨らませてもいい。手に職を持つという意味では美容学校に行って美容師になるのもいい。でも、お父さんはね、じっくり考えてもいいと思うよ。いままでのように中学、高校、大学となんの遅れも寄り道もなく他の人達と歩調を合わせなくてはならない社会はおかしいと思うけど、何もいま、進路を美容師に決めなくてもいい。大学に行ったり、もっと勉強したりして、それからでもやる気があればチャレンジすればいい」
(Aはゆっくりと話した。Mは黙って聞いていた。知らない間に大きくなったものだ。自分の考えを言うようになった娘を頼もしく思った)
A(7)
「もう少し考えてみるよ。ありがとう、お父さん。自分のことは自分でやらなきゃね」
(Aははっきりした口調で言った)
F(6)
「そうだ。自分の人生だ。お父さんは応援するぞ」
(Fは大きく頷いた。Aを見ると少しほっとした顔をしていた)
A(8)
「お風呂に入って、復習しなくちゃ」
(FとMはほっとしたような、それでいて落ちつかない気分が残った)
F(7)
「なんとかなるんじゃないか」
(自分のことか、娘のことか分らない。言っている自分にも分らない)
M(4)
「そうねぇ。なんとかなるかしらねぇ。たった3人の家族だもの」
(妻が答えた。不安はあったか、暗くはなかった)
− 明日(10/7)は『13.ぐっと言葉を呑み込んだ上役』を掲載します −
<バックナンバー>
00.子どもの心をつかむ
01.事例
02.コンビニの店員の心をつかむ?
03.レストランで接客している女性
04.職場で具合の悪そうな部下を見つけた上司
05.「わかりません」と答える研修医A
06.不定愁訴(”愚痴外来”)
07.聴き遂げる
08.真摯に耳を傾ける
09.外科医と患者
10.年配の男性のお客
11.魚売り場の店員
|
← Prev News Index Next→
|